タイトル写真:前島聡夫
2023年に落ちて九死に一生を得たものの、大怪我を負いパラグライダー休止中の前島さん。
2021年に普通なら死ぬ落ち方をしたものの生きていた私。
この連載企画は、取材される側、取材する側ともにパラグライダーで一度死にかけて、それでもパラグライダーを愛してやまない2人でお届けしていきます。
第3回
オーバースペック問題

語り手:前島聡夫 聞き手:佐藤友紀
―前回の更新からすっかり間が空いてしまいすみませんでした。
前島:連絡、首を長くして待っていましたよ。記事にしなきゃと頭の片隅にありながら、「不定期」ということで後回しにしていましたよね?
―うぐ。本当にごめんなさい。その後リハビリや回復具合はいかがですか?
前島:今まさに、予定していた最後の手術のため入院中です。骨盤と背中に入っている金属の一部を抜く手術ですね。一昨日、無事成功しました。ただ、抜釘範囲が広くて背中を大きく切ったので、動くと痛みが…。でも回復する時間の問題かと思います。
―順調で本当に何よりです。フライト復帰もそろそろ見えてくる感じでしょうか。さて、どこまで話しましたっけ?
前島:確か前回の最後は、厳しいことを言われた時にどう受け取るか、例えば「そのグライダーはあなたにオーバースペックだから1つ下のクラスに乗り換えた方が良い」と言われて、どれだけの人が受け入れられるのかな? という話でしたね。
―今住んでいるスペインで飛んでいるパイロットや、夫がやっているツアーに参加するお客さんたち(イギリスやヨーロッパの他の国々、それからアメリカからのパイロットが多いです)を見ていて思うのは、日本のパイロットはオーバースペックのグライダーに乗っている人が多い、というか多すぎるということです。
前島:海外のパイロットはそうじゃないんですか?
―普通のパイロット、例えば週イチで飛んでコンディションが良ければ時々クロカンをしたり地元のリーグ大会に参加もする、くらいのパイロットは大体Bクラスで飛んでいる人が多いです。Cクラスになるとかなり尖ったパイロットという印象になりますね。Dなんてそれこそハイレベルのコンペに頻繁に出る人でないと選びませんね。
前島:日本では、普通のパイロットはCクラスが当たり前、何ならDクラスが当然のように選択肢に数えられていますね。Jリーグやナショナルリーグでは、ワールドカップで飛ぶわけでもない人でもCCCに乗っている。これは本当におかしいと思っています。個人的には大会ではCCCを禁止してDまでに制限しても良いと思っているんです。皆がDなら公平だし、DとCCCで飛び方が変わるわけでもありません。
―CCC認証ができる以前、世界的にオープンクラスが禁止になって結果的にDが上限になった時期がありましたけどね。その後CCCができてからは今の状況なわけで、日本でCCCを禁止してしまうと世界で戦いたいパイロットの足枷になってしまうんじゃないかとも思いますが。
前島:世界で戦う数人のパイロットのために、危なっかしい多くのCCC乗りを引き続き危険に晒すことになりますけどね。
ーそういう私も、日本で飛んでいた時はスキルもないくせに酷い背伸びをしていたんですけどね。
前島:第1回でも話しましたが、日本ではまともにローリングすらできない人がゴロゴロいて、ちょっとしたマヌーバーを練習しようとすると危ないからやめろとエリア管理者やスクールのインストラクターに言われてしまうような環境です。もちろんちゃんとグライダーコントロールを教えているスクールもあるとは思いますが、僕が知る限り決して多くない。そんな、まともにグライダーを操作できないレベルで、CやDに乗っちゃってるんですよね。
―マニュアルには、対象パイロットの条件として「SIVトレーニングを何回か経験していること」的なことが書いてあるグライダーもありますが、たくさんの人が乗っていますよね。日本ではSIVができる環境が限られているというのを建前にして、この条件を無視しているんじゃないかと想像しますが?
前島:その通りです。この状況は本当に危ないと思います。上のクラスに乗ることを考える前に、その予算で海外に行ってでもSIVを受けることを考えてほしいです。
―これを言うといろいろな方面から反感を買うとは思うのですが、正直、売る側にも問題があると思うんです。
前島:売る側というと、スクールですか?
―日本のスクールの料金は、他国と比べると安い方です。特にパラグライダーというスポーツの地位が確率されていてスクール運営に国家資格が要るような国々と比べると、かなり安い。必然的に、スクール経営を成り立たせるためグライダーの販売利益に頼らざるを得ず、そうなると単価の高いグライダーを売った方が利益が大きいわけで、つまりパイロットを誉めてその気にさせて上のクラスのグライダーを売る、という危うい流れがごく一般的になっているのではないかと。
前島:う…。僕自身BからDにステップアップしましたし、その気になっていたと言われたら心当たりが無きにしも非ずではありますが、でも少なくとも僕のインストラクターはグライダーコントロールの指導はアクロマヌーバーまで含めてしっかり教えてくれましたし、Dを選んだのは僕自身の選択でしたけどね。
―売る側が、スクール生やパイロットをちゃんと指導できて、乗り方や特性をちゃんと分かった上で売っているのなら良いんですが、いや、でもやっぱりBからDというのはないかなと個人的には思いますよ。Dに乗る前にCで経験すべきある程度の失敗経験を飛ばしてしまったのは、事故の遠因だったんじゃないかなあ、と。
前島:BからDに乗り換えた時に一度落ちているので、そこはおっしゃる通りCで経験するべきことをすっ飛ばしていたと思います。今回の事故の直接の原因ではないですが、「遠因」と言われると、否定できないですかね。
―売る側の問題に話を戻すと、怖いのは、スクールではなくインストラクターもいないクラブエリアでも同じ流れがあって、そういう所ではスクールよりも安く売る分ますます単価の高いグライダーを売りたい傾向があり、でも安く買えるからパイロットはそういうエリアに流れ、その結果、オーバースペックのグライダーを手にしやすい環境になっているのだと思います。
前島:スクール、エリアに加えて、販売元の影響もあると思っています。購入を希望するパイロットの力量が足りていないからと売らない判断をしても、結局他のメーカーで力量以上のグライダーを買ってしまう。だったらうちのグライダーを売ってしまえという力学も大きく影響しているのではないでしょうか。
ーパイロット自身が自分のスキルを冷静に見極めて無理のない選択をしなくてはいけないのですが、比較対象となる周りが皆オーバースペックだから、結局自身もオーバースペックになってしまう。
前島:そもそもCCCをはじめとする高性能グライダーに乗ることが「当たり前」になっている文化がよくないんじゃないかと思います。自分もCCCに乗るべきではありませんでした。だからこそこの記事を読んでいる人には、周りがどのクラスに乗っているかではなく、本当にコントロールできるかでグライダーを選択してほしいです。もう、日本のパイロットは皆一律、次は1つ下のクラスに乗り換えるというのはどうでしょう(笑)。
―いいですね、それ。冗談ではなく、そうしないといけないくらい、今の状況は危ないと思います。販売側の皆さんからしたら、下のクラスは単価が低いので短期的には痛いかもしれませんが、長い目で見たら怖い思いをしたり怪我をしてパラグライダーをやめるパイロットが減って、最終的にはより多くのグライダーを販売することになるのでは?
前島:スクールもエリアも販売元も、それぞれなんとかやり繰りして楽ではない経営なのだとは思いますが、それでも、結果的にでもお客さんの安全を蔑ろにしてはいけないですよね。
―ちょっと昔ですが、クリーゲル・マウラーが「週に4日以上飛ばない人は、Aクラスで飛んでください」と言っていたそうです。週末しか飛ばない人はAクラスです。
前島:それはまた極端な(笑)。もうこれ、日本のパイロットの99%はAクラスってことになりますね。
―実際、「がんばっても週一でしか飛べないから、Aに乗っている」という日本人パイロットにお会いしたことがあります。ちょっとしたクロカンも楽しんでいて、かっこいいなあと感激しました。Bならなおさら全然良いと思います。というのも、これはとあるインストラクターさんがパラワールドに書いてくださったことの受け売りなんですが、今のBクラス機は滑空比10を超えるのもゴロゴロありますよね。それって2006年当時のコンペ機のブーメランと同じ。毎日飛んで練習を積んでいるトップコンペティターがようやく届いていた性能が、今はBクラス機で手に入るんですから。
前島:自分も復帰後しばらくはBクラスで飛ぶつもりです。それで様子を見て、また世界を目指したいとなれば、しっかり訓練してCクラスのワールドカップを目指そうと思ってます。